こうして私たちの共同生活は始まった。
最初私は犬は役に立たないだろうと考えていた。しかしそうではなかった。犬はするどい嗅覚で様々な食べ物(主にキノコや果物など)を見つけてきたのだ。私も負けずに島に打ち上げられた漂着物を拾ってはそこから道具を作り魚獲りをおこなった。最初、魚はまったく獲れなかったが、じょじょにこつをつかみ始めると後は日々食うものに困らないぐらい漁ができるようになった。食料の確保はできたのである。犬と私はお互い食べ物をわけあって食べていた。
犬は私の孤独も癒してくれた。常に人とともに生活してきた私にとってたった一人の人間という状況はつらかった。そこで暇な時、私はよく遠くにボールのようなものを放り投げてはそれを犬が取ってくるという遊戯を共に楽しんだ。ハッハッハと息を切らせて駆けてくる犬の頭を優しくなでてやると犬はさらにうれしそうに尻尾を振り回すのであった。私たちは友となった。そして犬をオリバーと名づけた。
だがそんなある日島に嵐がやってきた。私たちはなんとか作っておいた粗末な小屋に隠れるように身を横たえながら天気が回復するのを待った。だがこの地方特有の天気なのか3日たっても4日たっても晴れは戻ってこなかった。ついに貯めてあった食料はなくなりオリバーと私は激しい空腹に襲われるようになった。私たちは体力を消耗しないように横たわり小屋の天井から漏れてくる雨水を飲んではなんとか繰り返される飢餓をしのいだ。
だが私はいつしか日にちを数えるのも忘れてしまった。風雨は容赦なく島を攻め立てる。
私は最後の力を振り絞って食料を探しに出かけようかと思ったが波が高く、さらには風で様々な物が乱れ飛ぶとても危険な状態であったため断念した。恐怖という本能が私を圧倒したのだ。
空腹と恐怖で意識が朦朧とする中で小屋に戻るとそこには一匹の犬がいた。(もちろん友であるオリバーだったのだがその時たしかに一匹の犬と感じたのだ)
犬と目が合った。
私はアメリカを発見したコロンブスの心境になった。ここにまだ食料があったのだ。
だが私はすぐにその考えを打ち消した。あれほど仲の良かった友たる犬をどうして殺せるだろうか。
だが私の生に対する渇望はその思いを超えていくことになってしまった。
ある夜、私はうつ伏せになっていた犬に近づき飛びかかった。抵抗はなかった信じきった瞳がただ私をみつめていた。弱弱しい鳴き声をだす犬の首を太いロープでしめ、絞首刑の死刑囚のように天井から吊り下げた。
ゴキッ。
犬の首の骨が折れる鈍い音がした。
「君が〜世をは〜〜」
この一連の行いの間私は一人ふと国歌を口ずさんでいた。
私は動かなくなった犬をそっと降ろし、皮を切り始めた。
島でみつけたナイフは切れにくかった。犬をさばくのに苦労した。だが力が湧いてきた。不思議な力だった。
そして私は生の肉をひとつ切り分けた。
生臭い臭いだ。寄生虫がいるかもしれない。食べて平気だろうか。一瞬で多くの疑問が頭に浮かんだ。しかし私の欲望は即座にその疑問を否定した。
口に血のついた生肉ををいれ、かむ。
かむ。
かむ。
が、噛み切れない。ガムをかむように何度もかみしめる。
ふと私は犬と私の関係を、絆を思い出し涙があふれてきた。
それでも極上の霜降り肉を味わうようにしてじっくりとかみ終えると、飲み込んだ。
欲求を満たした後とたんに眠くなった。私は犬の死骸を涙に濡れる目でみつめながらいつの間にか眠っていた。
次の日嵐は去り数日後私はこの島から救出され、ただ一人日本に帰った。
それ以来犬をみるたびに私はせつせつとこみ上げる後悔と同時にあの肉の味を思い出すのであった。
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